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逗子開成中学校                                                  校長先生に聞く!Topへ 
Interview ! 2000年11月15日(水)訪問
聞く !
逗子開成中学校・高等学校は三浦半島の付け根にあたる逗子市の住宅地にある。間近に逗子湾を控え、周囲には美しい景色や重要な史跡などもある。
東京の開成学園の分校として開校してから約100年の伝統を持つ、県内最古の男子校であるが、中学校は1986年に再開された。
独特な教育方針と著しい伸びを見せる進学実績で注目され、急速なレベルアップを続ける注目校である。

学校長田勲先生、広報部長岩佐直樹先生にインタビューした。

ほくしん教務統括 中山秋子

 
逗子開成  






こうだ学校長















































岩佐教諭

 
「今日の評価は学校再建に取り組んできた結果である」
(中山)
逗子開成は進学校としても独特の教育を行う学校としてもたいへんな注目を集める学校になりました。校長はその原因をどのようにお考えですか。
(田先生)
そうですね。簡単に言えば学校の再建を始めてから18年間、教員や学校関係者が一生懸命にやってきたことでしょうね。
(中山)
その内容についてお話ください。
(田先生)
本校は長い伝統を持つ私立学校です。私学の雄と言っても良いでしょう。これだけの伝統があれば、当然、紆余曲折、栄枯盛衰があるわけです。色々なことがありました。その中で、現在の私立学校においては進学指導が重要な評価を受けるものですが、それが大きく後れをとっていました。
(中山)
なぜだったのでしょうか。
(田先生)
戦前の発展があまりにも凄かったからでしょうね。当時は海軍少将までになった人たちが退役して校長を務めたような学校で、当然、社会的な評価もとても高かったはずです。特に海軍関係では「逗子開成は素晴らしい学校だ」と言われ続けました。
戦後はスポーツ面での活躍はありましたが、進学指導など新たに求められるような教育には対応ができていなかったのです。
(中山)
再建に取り組んで18年ということですが。
(田先生)
昭和55年の八方尾根での遭難がきっかけです。
この遭難は本校では、明治43年の「真白き富士の根」で歌われる、生徒12人が亡くなった「海での遭難」に続く悲惨なでき事でした。
この「山の遭難」では、翌年の5月まで遺体が上がらない…。私も捜索に参加していましたから、今でもその時のことはよく覚えています。
(中山)
痛ましいことですね。
(田先生)
その通りです。学校が社会からの要請に応えられなくなり、学校の「体力」が衰えていた時でしたから、学校はたいへんな状況になりましたね。学校が事故の責任を認めない、「個人的に出かけたものだから」と。意見の対立で、教員も2つに割れ、校友も2つに割れ、PTAはどうして良いか分からない、という事態になりました。
私は「学校に責任がある」と主張した張本人でしたが、個人的には「名門の逗子開成ももうだめか」という思いさえありました。まさに地獄を見たような状況がありました。
これが再建の原点なんです。
(中山)
再建はどのような形で始められたのですか。
(田先生)
学校の責任を巡っては裁判にもなりました。このような危急存亡の危機に立って、「何とかしなくてはならない」と乗り出したのが、先日亡くなった徳間前理事長でした。本校の卒業生でもあった前理事長は陣頭に立って事態の収拾にあたりました。
(中山)
どのような方法で収拾をされたのですか。
(田先生)
すぐに合同慰霊祭を行い、事故についての学校の責任を認めました。
その後は学校の建て直しです。だから、本校の学校改革は中途半端な要請を受けた学校改革とは全く異なるものです。
(中山)
危機感をばねにして始まったものだからこそ、皆さんが懸命に取り組まれたのですね。
このお話は、皆さんにお知らせしてもよろしいことなのですか。
(高田先生)
いいですよ。事実ですから。
(岩佐先生)
父兄はみんな知っていますから。
(中山)
再建のためにどうされたのでしょうか
(田先生)
まず、再建に向けて学校の方向性を明確にしようと、3つの柱が打ち出されました。
(中山)
3つの柱とはどのようなものですか。
(田先生)
1つ目は進学指導、2つ目は情操教育、3つ目は海洋教育です。
それらの根底には人の命を大切にすることがあります。「命」にはすべてのことが含まれています。基本的人権の尊重や個人としての尊厳などを守ることは当然大事にしなければいけない。学校としては、生徒が家を出てから家に戻るまではすべての責任があるという姿勢を持つことなどからの大改革をしたのです。


「教師には高い倫理観が必要だ」
(中山)
この3つの柱に基づく学校改革はどのようなところから取り組まれたのでしょうか。
(田先生)
新設校であれば新しい理念の下に始めれば良いから学校づくりは比較的楽でしょう。しかし、本校のように伝統があり高い評価を受けていたことがある学校にとっては難しいことです。よく「船隊」と表現するのですが、教職員や生徒に加えて卒業生が2万5千名もいる学校ですから、3つの柱を意識の中に浸透させるまでが大変でした。
(中山)
反対意見も多数あったわけですね。
(田先生)
そうですね。
たとえば、体育系のクラブはインターハイに出場できるほど強いので、現場だけではなくOBからの反対もありました。
「進学校にする」「東大に入れるんだ」と言っても、現実には誰も受からない状態でしたから、教員も生徒もせせら笑った、というほどのところからの出発なのです。
(中山)
進学指導を考えるとカリキュラムの整備は大変だっただろうと思われますが。
(田先生)
教育は、地味で金もかかるし時間もかかるものです。ですから結果は、学校がどれだけ一生懸命にやっているかで決まります。カリキュラムだけの問題ではないと思います。何かが起こったら直ちに解決する姿勢が大切です。これだけの生徒がいればいじめやけんかも起こるでしょう。でも、何か問題が起こったならば、教員が一人で考えるのではなく、学年全体で考える、それを教頭に報告するようにしています。そのため、教頭からの報告に基づいて、関係者をここに呼んで対応します。何かが起こらなくなるのは、こうした積み重ねだと思います。
(中山)
校長にまでスムーズに情報が伝わることは難しい学校が多いようですが。
(田先生)
そこがポイントなのです。私はすぐに関係者を呼んで原因を尋ねます。そのようなことの積み重ねで、客観的なデータが集まるのです。
今日は英検に関するデータが入ってきました。それに基づいていろいろなことがすぐに決まっていく、これが本校の強みでしょう。
(中山)
学校の方針を理解して動ける先生方の力が大切だと思いますが、先生の採用はどのような観点でなさるのですか。
(田先生)
まず学力があること、それから指導に熱意を持っていること、最後に人間としての徳性というか品性というか、高い倫理観を持っていることですね。
教育というのは処理すればいいというものではない。そこには高い倫理観があってしかも美しくなければいけない。洗練された美意識の下に美的でなくてはいけない。これで済んだというものではないですからね。
(中山)
最近は、ことに3番目の条件が難しくなっているように感じます。
(田先生)
そうですね。しかしこちらが育てるという面もあります。毎日毎日会ったり、ある事がらについて話し合ったりしていく中で教師も成長して、一人前になっていくのです。洗練された美意識に基づいて仕事を成し遂げられるようになるのです。徳性については、私をはじめ毎日毎日研いていくのだと思っています。
(岩佐先生)
私は校長が美術科の主任だった頃から指導を受けていますが、相当鍛えられたと思います。美術系の人間は普通の人とかなり違ったところがありますから(笑)
(中山)
校長は強いリーダーシップをお持ちのよう拝察しますが、岩佐先生からご覧になっていかがですか。
(岩佐先生)
仕事に関しては妥協しない人です。
私は美術科ですからパンフレットを作ることが多いのです、「美しくない」と全く妥協しないですね。時間的な制約がありますが、本当にギリギリまで、納得がいくまで妥協しません(笑)。
(田先生)
いやいや、妥協だらけですよ(笑)。
(岩佐先生)
仕事の面では全く妥協しないのですが、別な面では「良いよ、良いよ」と済ます部分があります。その点で若手の教員も相談に行きやすいと言えますね。
(中山)
若手の先生が率直に意見を述べることができるというのは素晴らしい環境だと思います。
(田先生)
入って1年目であっても何も言わなければ叱ります。「どちらでも良いや」というような態度は絶対に許しません。
本校に「生意気の系譜」というのがあって何人もいる(笑)のです。多少生意気でも能力があれば取り立てる、そうすれば責任も感じるし能力も発揮できます。


「情報をオープンにする」
(中山)
3つの柱に基づいた教育が、順調に行われているのはスッタフの力量が高いからだということが理解できました。
(田先生)
ちょっと付け加えさせてください。芸術科の教員ではこちらの広報部長以外にも、映画上映の担当者や海洋教育の担当者もいます。海洋教育の担当者は元々は音楽の教員なのですよ。
(中山)
そうなのですか。とても興味深いお話です。担当教科の授業以外の面での活躍が大きいのですね。これには何がきっかけがあるのですか。
(田先生)
「芸術の日」がきっかけでしょう。「芸術は知識を教えるものではない」という考えから、楽しみながら絵を1日中書いていたり、自己表現のための書き初め大会をやったり、中にはトランペットばかり吹いている生徒もいました。
最初のうちは人数も少なかったから、芸術科の教員で何とかできたのですが、生徒が増えるとそうはいかないので、どうしても学年の協力が必要になります。それによって、いろいろな面での広がりが生まれてきました。今では「芸術科が退くぞと言ったらこの学校は終わりだ」(笑)というくらいになりました。
(岩佐先生)
「芸術の日」の経験から土曜講座も作られました。希望制で現在73講座あります。
(中山)
ホームページにある家庭科の授業もそうですか。
(岩佐先生)
家庭科の授業は高校のものです。土曜講座ではありませんが、「芸術の日」が基になっている点では同じでしょう。
(中山)
生徒の評判はいかがですか。
(田先生)
そうですね、週5日制の限られた時間の中でもいろいろなことができるので、楽しい様子です。本校の教員は遊ぶことが好きなので(笑)、いろいろなものが生まれてくるのですよ。
(中山)
その他に、独自のものとして挙げられるものは何でしょうか。
(田先生)
教員が自主的に取り組んだものとしては、数学の自主教材の作成、コンピュータでの教育も本校が最初でしょう。これも自主教材を作って組んでいます。英語でコンピュータを利用して行う教育は抜群の効果を生みましたね。今日の英語指導にも生きています。
(中山)
忙しいことでのマイナス面はないのでしょうか。
(田先生)
確かに忙しくて辛いと思う教員もいるでしょう。しかし学校改革を通じて、前理事長は「大変だなんていうんじゃない、給料もらっているのだから当たり前だろう」と言い続けていました。
この学校のために、自分が担当している生徒のために、何をやったかが基準なのです。厳しい言い方ですが、「忙しい」というのは無駄が多いからだと思いますね。
(中山)
無駄なことをしないようにするにはどのようにしたらよいとお考えですか。
(田先生)
たとえば、教科で取り組むことは共通の話題にしてコンピュータに必要事項を打ち込んでおけば良いだろうと思います。本校では必要な情報はオープンにしておくことにしています。みんな共通の認識に立って、校長と同じような基準で判断できなければならないと思うからです。
(中山)
最近、同じような考えに基づいて学校を運営されている校長先生も多くなりましたが、逗子開成はずいぶん前から取り組んでいらっしゃるのですね。
(田先生)
そうですね。あわせて学校外に対してもオープンにしています。教員は放っておくと保守的になってしまいがちです。「教員の常識は世間の非常識である」などと言われるようでは困るので、外部の人たちと接する機会を持つようにしています。運動会に学校をお貸したり、映画会に逗子の人たちが見えたりすること、学友会やPTAに対してもどんどん来てほしいと働きかけています。


「自然に触れることは大切なことだ」
(中山)
逗子開成ではすでに週5日制を導入されています。2002年から始まる新しい指導要領の導入に関して生徒の学力の低下が懸念されていますが。
(田先生)
学力を落としてはならないことは当たり前です。
他にも、劣ると思っている表現力を伸ばすための指導を進めていく必要があると思います。学力は単なる物知りではなく、ひとつの見識というか、社会的、歴史的な背景を持って自分が置かれている状況に対処できる教養でなくてはなりません。
このような困った時代になったからこそ、高い深い学力を持って、社会に貢献できる人材、つまり真のエリートを作りたいですね。本校の生徒にはそんな人材に育ってほしいと思います。
(中山)
現在の学力面で特に問題だと思われるのは何でしょうか。
(田先生)
気がかりなことの1つは、理科の教育です。今、子どもたちやその親たちが理科を勉強することが悪いことのように考えている場合があるようです。
原子爆弾の悲惨さだけを取り上げて「科学の進歩は人類の進歩をもたらさない」という短絡的な見方で、科学全体をとらえるようでは「科学立国」などができるはずがありません。
(中山)
困った時代とおっしゃいましたが、子どもたちに対する影響に関してはどのようにお考えですか。
(田先生)
困ったなあ(笑)、何を答えたら良いでしょうかね・・・。
1つには、バーチャル的な体験に原因があると思いますね。今から50年ほど前ならば、自然というか、真実というか、そのような物に触れる機会を持っていたのですが、現在の子どもたちには残念ながらそれが少ないことですね。自然に接する教育が大切だろうと思いますね。
(中山)
逗子開成では自然に触れる教育を実践されていますね。
(田先生)
ええ。でも、自分の家が田園の中にあるというような環境は望めませんから、十分ではないでしょう。ただ、海洋教育で自分の造ったヨットで海へ出るということは良いと思いますね。海に出たからには自分たちで戻ってくる。今の時代、そういういわば生命の危機といえることと背中合わせの経験はなくなっていますから。
(中山)
過去に海や山での遭難の歴史をおもちの中で、生徒を海に送り出すときなどの校長先生のご覚悟は大変なものでしょう。
(田先生)
そうですね。何が起こるか分からないですからね。もちろん海洋教育だけではなく、夏の海外研修でも120名をアメリカ、オーストラリアへ送り出すので、3週間は昼も夜もないですね。
事前には自分で下見して決めてきた環境ですが、心配しどおしです。そういうことから言えば、教育に携わる者はみな24時間体制でしょう。万全にも万全を期して、実施します。生徒にとって大きな価値を生むのがはっきりと分かりますから。
(中山)
校長が学校再建の際の考え方を実践されているのがよくわかりました。最後に、入試についてお伺いします。2000年入試では問題がとても難しくなりましたが、次の受験も何か変更をお考えですか。
(岩佐先生)
過去2年に渡って合格者のうちで入学する生徒の割合が予想以上に多かったもので、学則定員210名に対して270名ほどの入学者になりました。そのため2000年には合格者を絞り込んで発表しました。その影響が出たのだと思います。2001年も同様に合格者を絞り込むかについては、応募状況を見て考えることになると思います。
(中山)
1次試験と1科目選抜の募集定員の変更も同様なお考えからですか。
(岩佐先生)
1回目選抜の難度を下げる意味があって10名増やしました。あとは学則定員にあわせて1次試験の定員を減らしたものです。1次試験の合格者を絞り込もうという意図はありません。
(中山)
1999年と2000年を比べると出題内容がかなり変わったように思われますが。
(田先生)
難しくなった・なったは悪宣伝なんです。(笑)私もチェックしていますが、大きな変化はないと思います。
(岩佐先生)
出題の大枠では変化をさせないという方針ですが、入試の状況は変わりますので、全く同じ範囲や同じ形式にするということではありません。ですから、毎回の問題を詳しく見れば印象は変わっていると思います。
(中山)
最後にお伺いします。先に先生がおっしゃった「軍艦」で大量に東大に入れるという時期の目算についてはいかがでしょうか。
(高田先生)
今の高1生が大学受験をする時点には何とかしたいですね。


以上
付記
田校長は強力なリーダーシップを発揮して学校を導いている。明確な目標を掲げ、学校全体で課題に取り組む体制ができ上がっている。辛酸の中から築き上げられた実践が窺えた。屈託のない話の中から、各スタッフが研鑽により実力を高めて学校を支えていることも分かる。


授業風景─社会 授業風景─数学 授業風景─コンピュータ
 
 
学校案内
     住 所 〒249-8510 神奈川県逗子市新宿2-5-1
  電 話 0468(71)2062   キャンパスホットライン03(3249)7210 アクセスコード6202#
  U R L http://www.zushi-kaisei.ac.jp/
  交 通 JR横須賀線「逗子」徒歩13分 京急逗子線「新逗子」徒歩13分
  施設・環境 目の前には穏やかな逗子湾、周りには山や川といった恵まれた自然環境の住宅地の中に学園がある。ロードショー公開館と同様の映画設備と340の座席を持つ「創立85周年記念講堂」。ヨット製作室や研修室、宿泊施設を持つ「海洋教育センター」。地上3階、地下1階で生徒用のコンピュータが100台設置されている「コンピュータ教育研究所」、大小の宿泊施設やセミナールームを持つ「セミナーハウス」、年中無休で利用できる自習室とビデオ学習室を持つ「K++(ケイプラスプラス)棟」など、特色のある施設が学園敷地内にある。
  生 活 2期制、週5日制。土曜日は通常の授業はせず、集中講義や行事、そして73の土曜講座などで有効に利用されている。行事としては、年1回、逗子市内を生徒全員で清掃する「ボランティアの日」、6月・10月に逗子湾で行う「ヨット帆走実習」、中3の「逗子湾遠泳」「センター合宿」、中1の「裏磐梯キャンプ」、中2の「スキー実習」、中3の「修学旅行」、10月の「開成祭」、中2〜高の2希望者による「海外研修」などが行われている。
  クラス 中1〜高1では均等クラス編成。高2では文系・理系の2コース、高3では私立文系・理系、国公立文系・理系の4コースに分かれた編成になる。
  授 業 英語・国語・数学は授業数を多く取って先取り学習を行う。理科・社会は中学・高校での重複を省いた一貫カリキュラムになっている。英語では、14年前の中学再開時から本校教員が開発作成したコンピュータ学習プログラムによる授業や、外国人教師よる少人数制の英会話の授業により成果を上げている。校外学習では、社会科見学、文学歴史探訪、理科体験学習、歌舞伎鑑賞、彫刻の森スケッチ、オーケストラ鑑賞などがある。校内では、毎日1本の35mm映画鑑賞会や学年ごとの音楽鑑賞会なども行われる。
 
  00年大学合格 東工大(2)横浜国大(7)横浜市大(8)早大(23)慶大(26)上智大(15)東京理大(39)明大(51)青学大(31)中大(33)など
  99年大学合格 東大(4)東工大(6)一橋大(1)早大(28)慶大(27)上智大(18)東京理大(41)明大(38)青学大(35)中大(37)など
  98年大学合格 東大(1)東工大(2)一橋大(2)早大(32)慶大(23)上智大(11)東京理大(31)明大(30)青学大(24)中大(28)など
  指定校推薦枠 早大(2)慶大(1)東京理大(3)明大(1)中大(6)法大(1)学習院大(3)など
 
受験情報
     合格基準   2000年合格基準 
1次     日能研 52 四谷大塚 53 統一模試 58
2次     日能研 57 四谷大塚 54 統一模試 60
1科目選抜  日能研 59 四谷大塚 57 統一模試 60
  2001年入試 1次   2月1日 120名 4科 国・算(各150点)社・理(各100点)
2次   2月4日  60名 4科 国・算(各150点)社・理(各100点)
1科目選抜2月6日  30名 国算選択 国T・U(各100点)算T・U(各100点)
  問題の特色 [国語]
大問は2題、設問は約40問で、そのうち記述は5問前後。大問は2題とも読解問題で、説明文が頻出、その他には随筆文、論説文。漢字・語句、文法などの知識問題は読解問題に含まれる。問題形式の変化し続けるが標準的な難度や形式の問題が多い。記述に備えて問題練習の際に文章の要旨をまとめると良い。合格点の目安はふつう50〜60%。1科目選抜の問題は内容が異なるので過去問で確認すること。
[算数]
大問はふつう6題、設問は20問で、式や考え方を答える問題が出されることがある。大問1・2が計算問題と速さ、割合、数、図形などに関する一行問題。大問3以降は、規則性、場合の数、平面図形、立体図形の問題。今後は場合の数や規則性の問題など「条件を整理して解く問題」に注意が必要。基本の解法を覚えるための復習と基本問題トレーニングが大切。合格点の目安は60〜70%。1科目選抜の問題は内容が異なるので過去問で確認すること。
[社会]
大問は3・4題、設問は約50問。記述は少ないが漢字指定の設問が多い。大問は地理・歴史・公民の3分野からふつう1題ずつ出されるが、現代社会に関する総合問題が出されこともあり、今後も注意が必要。設問の難度は標準的なものが多いが、一部にかなり細かい事がらも含まれる。授業の関連事項を調べてノートまとめなどで、知識事項を確実に覚える。合格点の目安は60〜70%。
[理科]
大問は5・6題、設問は25〜40問。計算も記述も含まれる。大問はふつう物理・化学・生物・地学の4分野から1・2題ずつ。実験・観察に関しる基本知識を利用する問題が多い。2000年には作図や記述が出されたが、今後も同様な問題が出される可能性がある。基本から標準レベルの問題練習を繰り返すのが良い。合格点の目安は60〜70%。
  学費 入学金 250.000円  施設設備費(初年度のみ) 180.000円  授業料(月額) 35.000円  施設維持費(月額) 9.000円  寄付金・学校債なし諸会費など(初年度合計) 90.000円
  現状と展望 学校再建の過程で再開された中学校は神奈川では上位校のひとつに数えられる。従来の進学校とはひと味違う独特の教育が展開されている。進学実績もほぼ順調に伸びており、注目度はさらに上がるだろう。第1志望の入学者が増えて学校に勢いがある。田校長が言う「東大でもどこでも何人でもまとまって入る」状況に近づいている。今後の伸びがさらに期待される。
       

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